Shouting Fire in a Crowded Theater

30代・独身・リーマンの視点

同性婚に反対する

これも2006年2月に書いた文章。文脈を補強するために若干手を加えている。当時はちょうど大学卒業直前で時間があったためか、ヒマを見つけてはあれこれ書いていたのを思い出す。

トマス・ソーウェル「同性婚の"権利"」。ソーウェルによれば、婚姻(marriage)というのは「権利」などではなく、むしろ個々人がすでに持っている権利への「制限」である。活動家は「同性婚」の確立によって同性愛者にたいする社会的承認を実現しようとするが、それはかれらの掲げる「平等な権利(equal rights)」というスローガンと矛盾する。なぜなら、誰かが他人に自らを承認するよう強いる権利を持っているということは、その他人は自身の意見や価値を持てないことを意味しているからだ。ソーウェルは、「平等な権利」という言葉が,(あらゆる種類の)グループへの特権を意味することに成り下がった現状に警鐘を鳴らしている。

ぼくは、リバタリアンとして「同性婚」の法制化ではなくあくまで「婚姻制度」の廃止が正しい道だと思っている。その点については、過去に何度か書いたのでここでは繰り返さない(「同性婚」、「これからの『家族』の話しをしよう」等を参照してほしい)。しかし、ソーウェルのコラムはどれもおもしろい。かれの記事も以前書いたことがある(「黒いリバタリアン」)。日本の左翼的なバイアスのかかったアメリカ言論紹介ではほとんど取り上げられないが,もっと注目されるべきだということは改めて強調しておきたい。

インサイダー取引を擁護する

昔別の箇所で書いた文章を偶然見つけたので、いくつか転載・再利用させてもらうことにする。これは2006年の1月に書いた短文。ちょうど世間がホリエモン騒動で盛り上がっていた時期だ。

トマス・ソーウェルが「インサイダー取引」を擁護している(「Criminalizing business」)。マーサ・スチュアートの事件に際して書かれたようだ。今回のホリエモン及びライブドアのケースでもさまざまな罪状が取り沙汰れているが,そもそもそうした行為が本当に「犯罪」として取り締まるべきものかという観点が抜けている。また,仮に不正があったとしても,それはマーケット・メカニズムによって解決可能だし,そうしなければならない。

世の中のあらゆる良くないことにたいするあなたの反応が,「それを取り締まる法があるべきだ」とするならば,あなたは自由を非常に軽く考えている。

移民にまつわる問題への処方箋

前回に引き続き移民自由化の話を。ブライアン・カプランが英『エコノミスト』に寄稿した文章が面白い("Immigration Restrictions: A Solution in Search of a Problem")。冒頭でカプランは、移民にたいする不満・批判の内容が多岐にわたるにもかかわらず、処方箋が常に同一、すなわち移民割当の削減、国境管理の強化、不法移民の国外退去であることを皮肉っている。そのうえで、個々の問題ごとにより安価で人道的な解決方法があるのだから、それを採用するよう提唱する。

かれが例としてあげている問題と解決方法は次の通りだ。

  1. 移民は福祉国家に便乗しようとしている ⇒ 移民には税金だけ払ってもらって福祉や社会保障を受給させなければいい
  2. 移民は(法の支配等の)政治的文化を危うくする ⇒ 移民に選挙権を与えなければいい
  3. 移民は未熟練労働者の賃金を引き下げたり雇用を奪う ⇒ 再分配のために移民の所得に付加税を課せばいい

カプランは、以上の内容が移民にとって厳しいものであることは認めつつ、そもそも移民を受け入れなかったり国外退去にすることに比べれば、かれらにためになるこを指摘している。ぼくもカプランの意見に賛成だ。たしかに移民がもたらすだろう問題は多いだろう。しかし、まず行うべきなのは個別具体的に解決法を検証することで、たた闇雲に移民けしからん、移民を追い出せというのは全くもって乱暴な議論であるということは強調しておきたい。

オープン・ボーダーズ

オープン・ボーダーズ:ザ・ケース」という素晴らしいサイトがあるので、紹介しておきたい。その名前の通り、Open Borders、つまり(国境等を越えた)人々の自由な移住が許されるべきであるという考えをサポートする目的で最近作られたようだ。ジョージ・メイソン大学教授のリバタリアン経済学者ブライアン・カプランがツイッターで紹介していたのが、サイトを知ったきっかけ。オープン・ボーダーを支持する議論を、それぞれリバタリアニズム功利主義、平等主義等の観点から整理するなど非常によくできている。オープン・ボーダーにたいする批判とそれへの反論も取り上げられているので、自分自身勉強になることが多かった。扱われている事案はアメリカのものが大半だが、制作者のヴィプル・ナイクが述べているように、ほとんどの議論は普遍的、日本にも適用可能だろう。

さて、アメリカでは大きな社会的争点の一つであるオープン・ボーダーの問題だが、日本ではほとんど具体的な政策課題として認識されていない。たまに思いついたように経団連等の団体が、主として経済的な論拠による移民の受け入れを提言し、各所から批判が出ていつのまに立ち消えになるというのが、お決まりのパターンだ。しかし、ぼくはこの問題はもう少し真剣に考えるべきだと思う。

ぼく自身オープン・ボーダーの支持者だが、経済的というよりも、むしろ人道的な理由が大きい。世界では、いまだ多くの国で貧困、暴力等により日常的な生命の危険にさらされている人々がいる。そして多くの場合、それは専制的・圧制的な政府に由来しているのが現状だ。こうした悲惨な境遇を脱し、新天地で新しい人生を始めたいと願う人々を、何のかんのと理由をつけて追い返すことを一体どのように正当化できるのだろうか。南アフリカで行われていたアパルトヘイトと何が違うのか、きちんと説明してみて欲しい。あらかじめことわっておくと、ぼくはゲーテッド・コミュニティの支持者でもあるが、それを国家の移民政策・国境管理と同一視するのは誤りだと思っている。

実際、リバタリアンの中でもこの問題に対する姿勢は分かれている。もともと、伝統的にリバタリアンは(カプランのように)、オープン・ボーダーの賛同者が大半だったが、近年では明確に反対する「リバタリアン」も目につくようになってきた。例えば、無政府資本主義の論客として名高いハンス・ホップだ(「自由貿易と移民制限に賛成する」)。ホップについてはこのブログでも何度か言及しており、見るべき点は多々あると考えている。しかし、オープン・ボーダーの問題を含めやはりその「保守的な」姿勢には疑問符を付けざるを得ないというのが、ぼくの率直な評価だ。

興味を持たれた方はぜひサイトを読んでみてください。

上司の「名言」

いままで労働については、どことなく「後ろ向き」のスタンスの内容(本当はそういうわけでないが)を書くことが多かったが、今回は少し趣を変えて、仕事を通じて「学んだ」ことを書いてみたい。

前職時代の上司の1人。別に特段好きな相手でもなかったが、発言は妙に「いいこと言うなー」と思うことが多かった。当時は入社3年目で、初めて営業部門にいったこともあり、なかなか思うような結果がでず苦しい毎日だった。ある日、その上司に別室に呼び出された。「いよいよ説教地獄かしら」と戦々恐々としていたら、言われたのは次のようなことだった。

いいか、slumlordよ。来たばかりでよくわかっていない部分も多いんだろうが、上司から何か指示を受けたら、それが納得できてなくてもとりあえずやってみることが重要なんだ。わからないなりにやってみて、成果が出れば、そういう方法もあるのかということでお前のスキル・ノウハウが増えるわけだろう。要は「会社から与えられている」状態だ。逆にお前独自の考え・やり方で成果を出しても、会社にとってはいいかもしれないが、別にお前に新しい気づきや能力が身についたわけじゃない。要は「会社に与えている」状態だ。どっちが得か。よく考えてみろ。

これ言われたとき、「確かにそうだな」と非常に納得したのを覚えている。このブログを読んでいる人なら感じるかもしれないが、ぼくも無駄にプライドは高いので上司含め周りの言うことは余り聞かないことが多かった。おそらくそれを察しての上司の指導だったのだろう。この点を頭ごなしに怒られたなら、おそらく反発しただけで終わっていたはずだ。それが「自分の得になる」と言われれば、「そうですね」となるのだから単純といえば単純は話だ。

ともかく、この件以来、仕事についてはとりあえず上司の指示の通り素直にやってみることを心がけるようになった。もちろん結果が出るときもあれば出ないときもあったが、少なくとも仕事上で上司の言っていることが理解・納得できなくてもそれほど苦ではなくなった。4月に入り、リーマン生活がスタートする人も多いだろう。「バカになれ」とまでは言わないが、まずは上司に言われた通りやってみることをオススメします。それが巡り巡って自分の力になると思えば、少しは前向きな気持ちになれるはずだ。ご参考まで。

選択の自由

蔵さんが、ミルトン・フリードマンがホストを務めたアメリカのTVシリーズ「選択の自由(Free to Choose)」の日本語字幕をつける作業をされていて、先日ついに完了されたようだ。かなりボリュームで、ぼくもまだ1巻までしか見られていないが、非常に面白い。蔵さんどうもありがとうございます。アメリカをいろいろ批判する向きも多いが、こうした内容のTV番組を製作・放送できるところにやはり彼の国の底力を感じる。日本で翻訳・放送されないのが不思議なくらいだ。

番組は、主に市場の偉大さを伝えるリポート部分(香港が取り上げられていた)とスタジオでの有識者によるディスカッションから構成されている。フリードマンとは反対の、政府の重要性を強調する立場で登場しているのが、ジェイムズ・ガルブレイスという経済学者。ぼくは初めて知ったが、名前から推測されるようにあのジョン・K・ガルブレイスの息子らしい。D・フリードマンといい、このジェイムズ・ガルブレイスといい、基本的に親の考えを踏襲しているのが興味深い。遺伝なのかあるいは家庭教育の結果なのか。少し反抗してもいいなじゃない?と考えてしまうのは、ぼくがひねくれているからでしょうか(笑)

ともあれ、シュワちゃんの意外な(失礼!)を1面を知ることができたりと、大いに楽しめること受け合いなのでせひ多くの人に見て欲しいと思う。
     
              

会社は2年で辞めていい?

前回、自身の転職の話しを書かせてもらった。転職活動中、参考にさせてもらった本が山崎元『会社は2年で辞めていい』だ。著書の山崎さんについては、改めて説明する必要はないだろう。長年のファンドマネージャーの経歴をもとに経済評論家として活躍されている。専門である資産運用に関する著作の他に、その転職歴(新卒で入社した三菱商事以後なんと12回!)をもとに、本書のようなビジネスキャリアについて著書も多い。本書もそうした系譜に位置づけることができる。

会社は2年で辞めていい (幻冬舎新書)

会社は2年で辞めていい (幻冬舎新書)

内容に移ろう。刺激的なタイトルから想像される通り、「(新卒後)3年で会社を辞める若者たち」にたいする世間のネガティブな見方に異議を唱えている。著者の就職に関するスタンスは、冒頭の次の文章に現れている。

就職に失敗があるのは当たり前だ。合わない会社だとわかったら、貴重な時間を無駄にせず、次の機会を試したほうがいい。

この考えは、ぼくも完全に賛同するものだ。世の中に山ほど会社があることを考慮すると、新卒時たまたま入社した先が自分にとってピッタリの場所だったというほうがむしろ異常だ。もちろん何がなんでも転職することが正しいというわけではない。しかし、(経済的な損得は別として)日本社会に根強い長期雇用への信奉は、根拠がないどころが誤った判断を助長する点で有害であるとさえ言える。

本書の前半部では、主に上記の考えに基づいた現代のキャリアプランや新卒時の会社の選び方が解説される。具体的な「転職のコツ」は、後半第五章で取り上げられている。転職活動を終えた今振り返ってみても、書かれている内容にはかねがね納得することができた。例えば「人間関係」で会社を辞めていいのかという問題。一般的にキャリアアップを理由とした転職は肯定的に扱われるが、人間関係(嫌な上司、同僚等)の理由とした転職は「逃げ」であるとして否定的に扱われる。だが、自分もそうであったように、転職のきっかけが人間関係に由来することは多いはずだ。著者は、人間関係は十分な転職理由になるとし、「現在」と「次」の職場を比べ、「次」の職場がベターであるならば転職を躊躇する必要はないと主張する。いまだに会社よりの仕事論が多い中、こうした働く個人の視点に立った見解は貴重だろう。

また、山崎さんが強調する「転職は猿の綱渡りである」、つまり次の会社が正式に決まる前に現職を辞めてはいけないという点は、ぼくも非常に重要だと思っている。逆に言えば、周囲に漏らさず内々に(これも著者が強調している点だ)活動する分には、よい職場が見つからなかったら今の仕事に留まればいいだけなので、ノーリスクかつハイリターンと言えるのではないだろうか。これが、いまのところ転職する気はない人間にも、ぼくが転職活動をしてみることをオススメする理由だ。

とはいえ、違和感を覚えた箇所がないわけではない。まず、全体を貫く(雇用に関する)やや楽観的なテイスト。これは、本書の出版が2007年12月という比較的雇用環境が良かった時期だっただけにやむを得ないのかもしれない。現状だと、当時持てはやされた「第二新卒」なる存在は、職務経歴が不足していることで敬遠される可能性のほうが高いというのがぼくの見立てだ。

それから、求職活動は就業時間中に行うべきはなく、都合がつかない場合は有給休暇を取ってから行うよう説いている点。山崎さんは(採用側が協力してくれて)夜や休日に面接してくれるケースが多いと書いているが、少なくともぼくの活動中、そのようなケースは1つもなかった。どれも日中(10時〜17時くらい)で調整する必要があるわけだ。有給休暇といっても、1社の面接回数が3回程度とし、5〜6社こなすだけでもけっこうな日数を休まなければならないだろう。ただでさえ休みが取りづらい日本企業のこと。病欠でもないのに有給を取りまくっていたら完全に怪しまれる、転職活動が会社にバレてしまう可能性が極めて高い。多くの潜在的転職希望者がなかなか活動に踏み切れないのも、じつはこのあたりの理由が大ききのではないかとぼくは睨んでいる。まあ、この問題についてどうすればいいか?と聞かれても、「うまくやるしかないよ」と答えるしかありませんがね・・・

山崎さんが書いている採用側が協力してくれるというのは、おそらく本人がエリートサラリーマンだからできたことだと推測している。たしかに日本社会ではアウトサイダー的な経歴なのかもしれないが、東大経済学部卒、渡り歩いた職場も外資系金融機関を始めとして高給かつ流動性の高い会社ばかりという点は、読む側に取っては注意しておく必要があるだろう。あと、退職の際は後任への「引継」をきっちり行うよう説いているが、これもケースバイケースだと思う。異業種への転職など、今後その会社と付き合う可能性が限りなく低いのなら、妙な義理立てはせずに有給休暇の完全取得なりに重点を置いたほうが、自分の人生にとってプラスのような気がする。まあこれも職業人である以上、はっきり書くことは難しいのかもしれないが。

いくつか疑問も書いてみたが、非常に役に立った本であることは間違いない。転職を考えている人は読んでおくと損はないと思います。