Shouting Fire in a Crowded Theater

30代・独身・リーマンの視点

ブラックメール

web上で見つけた山本圭一郎「ブラックメール―恐喝行為はなぜ違法なのか―」を興味深く読ませてもらった。リバタリアンの「ブラックメール」への見解としては、ウォルター・ブロックが『擁護できないものを擁護する』のなかで展開している擁護論が有名だろう。すなわち、ブラックメールとは一種の取引(この場合「沈黙」と「金銭」の交換)の申し出であり、それが禁止されている場合に比べ、結果的に取引当事者双方が利益を得ることになるというわけだ。

ただ、こうしたブロックの主張は、山本氏も書いているとおり、「社会全体の利益」を考慮していない可能性がある。仮に取引当事者は満足しても、合法化されることによってブラックメールへの商業的なインセンティブを与えられ、多くの人が自らのプライバシーへの不安を募らせる事態になるかもしれない。ぼく自身は知らなかったが、山本氏によると上記のような理由からリバタリアンでもある法学者のリチャード・エプステインはブラックメールの法的規制を支持しているという。

日本の研究者でブラックメールの問題を意識的に取り上げているものを知らなかったので、この論文はかなり面白かった。機会があればもう少し掘り下げて考えてみたいと思う。ちなみにブロックの『擁護できないものを擁護する(原題:DEFENDING THE UNDEFENDABLE)」は橘令の手によって『不道徳教育』なるタイトルで邦訳されているが、余り良い出来とは思えなかった。余裕がある人は原著を読まれることをおすすめしたい。

Defending the Undefendable

Defending the Undefendable