Shouting Fire in a Crowded Theater

日々のあれこれ

ゲーテッド・コミュニティ

エドワード・J.ブレークリー, メーリー・ゲイルスナイダーの『ゲーテッド・コミュニティ―米国の要塞都市―』は,題名からもうかがえるように,近年アメリカで急増しているゲーテッド・コミュニティの実態を詳細に調査分析した本だ。ゲーテッド・コミュニティ(Gated Communities)とは,

通常の公共スペースが私有化され,出入りが制限された住宅街区である。これらは非居住者による侵入を防ぐため,通常,壁やフェンスによって囲われ,玄関口が管制された,安全な住宅地である。

アメリカでは,

1997年の時点で3百万戸以上の住宅の住居からなる,およそ20,000のゲーテッド・コミュニティが存在する。

ほどの広がりを見せているという。日本でも左翼的な都市評論家であるマイク・デイヴィスの『要塞都市LA 増補新版』の影響によりその存在が広く知られるようになった。もともとぼくがゲーテッド・コミュニティに注目するようになったのはデイヴィッド・アスキューによる「『治安維持の市場化』の可能性」という論文を読んだからだった。アスキューはこの論文で,通常は「公共財」に分類される「治安維持活動」が「領土的公共財」という観念を用いることによって民間でも供給されることを示している。

ある財(ないしサーヴィス)の消費・利用が,主として一定の地域定期領土内に限られており,この領土への出入りが統制可能であるとき,この財は領土的財である。地域への出入りが統制できるからこそ,その財は「排除不可能性」を帯びるようになり,市場による供給が可能になる。

アスキューは「領土的公共財」の供給のモデルとしてゲーテッド・コミュニティ(論文では「城塞都市」)を好意的に取り上げている。つまりゲーテッド・コミュニテイのような住民以外の招待されない人間の立ち入りを禁止する場所では,「公共財」の供給において問題となるフリーライダーを防ぐことができるというわけだ。

『ゲーテッド・コミュニティ―米国の要塞都市―』の訳者である竹井隆人氏が書いているように,現在の日本人のセキュリティへの関心の高まりを見ると,ゲーテッド・コミュニティの隆盛をアメリカだけの現象としてとらえることはできないだろう。たとえば、日本初のゲーテッド・コミュニティとうたわれる兵庫県芦屋市の「ベルポート芦屋」。先日ぼくも現地を見てきたが、たしかにマリーナという特殊な条件に支えてられているとはいえ、要塞住宅地と呼んで差支えないような外観を備えていた。法制面での制約があるとはいえ,今後日本でもこのような住宅地の増加が予想される。

ただ、先述したアスキューのようなリバタリアンからの好意的な評価とは異なり、日本ではゲーテッド・コミュニティが批判的に言及されることが多い。批判の詳細には触れないが、たとえば斎藤純一『公共性 (思考のフロンティア)』、五十嵐太郎『過防備都市 (中公新書ラクレ)』、渡辺靖『アメリカン・コミュニティ―国家と個人が交差する場所 (新潮選書)』を参照して欲しい。最も良くあるパターンはゲーテッド・コミュニティは富裕層の社会からの離脱であり、社会の「分断化」を招く、といったものだが、こうした批判が表層的なものに過ぎないことは竹井隆人氏が常日頃から指摘している(竹井隆人『社会をつくる自由―反コミュニティのデモクラシー (ちくま新書)』)。

ぼくは、ゲーテッド・コミュニティというのは完全ではないとしても「公共財」問題に関する非常に重要な制度的なアレンジメントだと思っており、また高く評価している。読者の皆さんもゲーテッド・コミュニティと聞いて単純に反発するのではなく、ぜひその利点にも目を向けて欲しい。

ゲーテッド・コミュニティ―米国の要塞都市

ゲーテッド・コミュニティ―米国の要塞都市

  • 作者: エドワード・J.ブレークリー,メーリー・ゲイルスナイダー,Edward J. Blakely,Mary Gail Snyder,竹井隆人
  • 出版社/メーカー: 集文社
  • 発売日: 2004/06
  • メディア: 単行本
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