Shouting Fire in a Crowded Theater

日々のあれこれ

自由主義の黄金時代

ジョン・グレイの『自由主義』。精力的な「グローバリズム」批判を行うなど近年はすっかり「変節」してしまったグレイだが、本書(原著は1986年、邦訳は1991年出版)は古典的自由主義を積極的に擁護している素晴らしい本だと思う。少し古い本になるが、おすすめだ。なお、グレイには『自由主義論 (シリーズ・現代思想と自由主義論)』という紛らわしい邦題の本もあるが、こちらは内容的に別物なのでご注意ください。

特に面白かったのが第4章の「自由主義の時代」。これを読むと19世紀のイギリスが(他のヨーロッパ諸国も含め)非常に自由な社会であったことがよくわかる。本書で引用されている歴史家のA・J・P・テイラーの言葉を借りるなら、

1914年8月までは、賢明で遵法的なイギリス人は、郵便局と警官以上の国家の存在をほとんど知らずに一生を送ることができた。好きな場所に、好きなように住むことができた。登録番号や身分証明書ももたなかった。パスポートも、いかなる種類の公的な許可もなく外国に旅行したり、自国を永久に去ったりできた。自分の金を規制あるいは制限なしに外国の通貨と交換することができた。世界のどの国からも自国で買物をするするのと同じように買物ができた。ついでに言えば、外国人は許可や警察への届出なくわが国で暮らすことができた。ヨーロッパ大陸における他の国々と異なり、国家は市民に兵役を全うすることを要求しなかった。イギリス人は志願すれば正規軍や海軍や国防義勇軍に入隊することができた。志願しなければ、国防の要求を無視することができた。裕福な土地所有者は陪審を依頼されることがあった。しかしそうでもなければ国家に奉仕したい人だけが奉仕したのである・・・国家は成人市民を放任していた。(A・J・P・テイラー『イギリス現代史―1914‐1945』)

今では想像もつかない自由度だ。しかし、このように自由だったイギリス社会も19世紀後半になると徐々に様相を変えていく。(伝統的な)自由主義は、政府の積極的な介入を求める「新自由主義(New Liberalism)」と、あくまで政府の拡大に反対しレッセ・フェールを唱える「個人主義」に分裂する。もちろん前者が圧倒的に優勢となったわけだ。その後20世紀の状況は皆さんご存知の通り。かろうじて社会主義化だけは免れたものの、「福祉国家」という国家統制主義のもとイギリスは長い暗黒の時代を過ごすことになる。

自由化により経済状況は大部変わったが、現在でもイギリスの知識人で(自由主義の分野で)目立った活躍をしている人物は少ないのではないだろうか。ハイエクが一時期イギリスにいたことは確かだが。せっかく近代自由主義の始まりの地でもあるのだから、今後は期待したいところだ。ただ、ほんの1世紀前まではこのような自由な社会が存在したことを考えると、リバタリアンな社会に到達するのにもそれほど時間はかからないのかもしれない。希望がわいてきた。最後にグレイの『自由主義』については、1点藤原保信によるトンチンカンな「訳者あとがき」が蛇足であることは付け加えておきたい。

自由主義

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