Shouting Fire in a Crowded Theater

日々のあれこれ

チャールズ・マレーはゲットーに捕らわれている

以前トマス・ソーウェルについて書いた際に言及した(「黒人リバタリアン参上」)オンライン・マガジン『サロン』で面白い記事を見つけた。「チャールズ・マレーはゲットーに捕らわれている」。著者は不詳だが、内容はなかなか興味深い。ここで取り上げられているのはエンタープライズ公共政策研究所(AEI)の研究員で著名な政治学者であるチャールズ・マレーだ。マレーといえば、出版当時物議をかもした『ベル・カーブ』の著者として有名だろう。余談になるが、『ベル・カーブ』は読まずに批判される本の中でもかなりの上位に位置しているのではないだろうか。このように書いているぼくもとても全て読んだと言えるような状況ではない。なんぜペーパーバックで900ページ近くあるからな・・・

記事の内容に戻ろう。ここで論じられているのはマレーの代表作である『ルージング・グラウンド』と『ベル・カーブ』だ。『ルージング・グラウンド』は、日本では余り知られていないかもしれないが、ジョンソン大統領の「偉大な社会」に代表される福祉国家的な社会政策が、大都市スラムの黒人のような、貧しく、社会的に不利な立場におかれている人たちの状況を改善しているどころか、(間違ったインセンティブを与えることにより)かえって悲惨な境遇に追いやっていることを実証的に論じた本だ。アメリカでは後の共和党政権の政策にも影響を与えるなど非常に有名だという。

記事の著者が指摘しているのは、『ルージング・グラウンド』では、黒人の貧困が人種や文化的問題ではなく社会政策に代表される政府の「再分配政策」の失敗として、そのような政策が徹底的に批判されているのにたいし、『ベル・カーブ』では一転して黒人が平均的に白人よりIQテストで劣っていることを取り上げて、そのようなIQが低い人たちに対し、積極的な政府の援助を与えることが主張されている点だ。著者は皮肉を込めて次のように述べている。

それは奇妙な進歩である。『ルージング・グラウンド』では、あくまでアンダークラスの黒人は大多数の白人と同等であると主張され、政府の援助を中止することが求められている。いっぽう『ベル・カーブ』では、アンダークラスの黒人は大多数の白人より劣っており、政府の援助が必要であると論じられている。論理的にベル・カーブは、彼の結論を異なる方法で結びつけることに何の問題もない。すなわち、黒人は白人と同等であり、政府の援助が必要とされているというわけである。

著者はアメリカの黒人問題には複数の要因があり、適切な政府の政策が必要としている。著者は決してリバタリアンではなく、むしろリバタリアンへの批判の一環としてこの記事を書いていることから、ぼく自身はかれの結論には賛成ではない。しかし、チャールズ・マレーという論者のある種のいかがわしさは伝わってきた。マレーは、『リバタリアンであることが意味するもの(What It Means to Be a Libertarian: A Personal Interpretation)』というタイトルの本も書いており、本人は「リバタリアン」を自任しているようだが、ウォルター・ブロックあたりに言わせると「(リバタリアにズムに好意的な)保守主義者」といった評価だ。ぼくもブロックの評価が妥当だと思う。

The Bell Curve: Intelligence and Class Structure in American Life (A Free Press Paperbacks Book)

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