Shouting Fire in a Crowded Theater

30代・独身・リーマンの視点

政府:不必要だが避けられないもの

リバタリアニズム内の論争のひとつに、どのような国家までを正当とみなすのかというものがある。ひとつは現実政治にも大きな影響を与えたミルトン・フリードマンやフリードリッヒ・ハイエク等の一定の役割に「制限された政府(limited government」)を主張する立場だ。リバタリアニズムの(学術的な)代表的論者とみなされているロバート・ノージックのような「最小国家論(minimal statism)」も基本的にはこちらに分類できるだろう。もうひとつの立場が国家の完全な廃絶を目指す立場、いわゆる無政府資本主義(anarcho-capitalism)だ。この考えを代表する論者としてまずマレー・ロスバード、それからD・フリードマンらがあげられる。

ぼくは自分のことをハードコアなリバタリアンだと考えているが、実際自分が上記のどちらの立場なのかという点について今まで明確に書いたことはなかったように思う。「アナルコ・キャピタリズム」というタイトルのエントリも書いているとおり、無政府資本主義に好意的であることは間違いない。しかし、「では、あなたは無政府資本主義者ですか?」と問われた際に単純に「はい、そうです」と答えるのはいささかためらわれた。というのも、無政府資本主義の世界の実現可能性、安定性、持続性について確信が持てきれなかったからだ。

たしかにリバタリアニズムのロジックを追求していけば、国家の廃絶を視野に入れるのは必然だし、むしろこのことを考慮しない議論はダメだと思っている。ただ、現実の世界で無政府資本主義を実現している地域が存在しない以上、ある種の「夢物語」ではないのかという疑念が湧いてくるのもまた事実だ。いや、D・フリードマンが述べているように「中世のアイスランド」がそのモデルケースだ、と主張される向きもあるだろう。だが、仮にそうだとしても(失礼な表現になるが)世界史上のマージナルな地域の出来事に過ぎないし、逆に今は同エリアも立派に「政府」に覆われているではないかと皮肉を言ってみたくなる。

そのようなことを考えていた際にたまたま読んで大きな影響を受けたのが今回紹介するリバタリアン経済学者、ランダル・ホルコム(Randall Holcombe)の「政府:不必要だが避けられないもの(Goverment:Unnecessary but Inevitable)」と題された論文だ。著者のホルコムは現在フロリダ州立大学の経済学教授。余談になるが、同大学には無政府資本主義の論客として名高いブルース・ベンソンも在籍している。履歴書を見ると公共選択論やオーストリア学派の学会の代表も務めていたらしい。そういった自由主義経済学の系譜に連なる人物なのだろう。

ホルコムは、今までの制限国家と無政府資本主義(論文中は「秩序ある無政府(orderly anarchy)」という言葉が使われている)との間の論争は、もっぱら次のようなものだったと述べている。つまり、前者が市場では供給できないか過少にしかできない財やサービスがあるため政府が必要であると主張するのにたいし、後者が全ての財やサービスは民間のアレンジメントで供給可能だし、効率的でさえあると反論するというわけだ。しかし、かれはこうした論争は、政府の望ましさに関する議論としては「不適切(irrelevant)」であると指摘する。

なぜなら、政府は財やサービスを市民のために生産する目的でつくられているわけではないからだ。むしろ政府というものは、武力によって打ち立てられ、人々に課される。それはたいていの場合、資源を政府の支配下へ置く目的で行われる。ホルコムは、もし政府がなければ略奪集団(predatory groups)が、人々から収入と富を取り上げるために、力によって君臨し、政府を樹立するだろうと予測している。そのうえで、仮に人々が先制して自らの手で政府をつくれば、外部の侵略者が課すだろう政府よりも「害の少ない」政府をつくることができると主張する。要は、政府は(財やサービスの供給という意味では)「不必要」かもしれないが、「避けられるものではない」ので、よりましな政府について考えるほうが生産的かつ効果的ということだ。

ホルコムの議論はかなり詳細になされており、ぼく個人は非常に説得力を感じた。ちなみに先日ツイッター上でanacapさん等と行ったアナーキーの安定性、持続性に関するやり取り、とくに保護企業(protective firm)の潜在的的な武力抗争、国家化の危険性については、この論文の「保護と国家」、「保護企業の潜在的問題」、「保護サービスという特別な事例」の各章の内容を自分なりに要約したものだ。興味のある人はToggeterでtypeAさんに「アナルコ・キャピタルな世界における保護エージェンシーの安定性問題vol.1」というタイトルでまとめていただいているので、参照してほしい。ちょうどこの論文を読んだ直後だったので、自分の頭の整理として役に立った。コメントいただいた皆さんには深く感謝したいと思う。