Shouting Fire in a Crowded Theater

30代・独身・リーマンの視点

無政府資本主義 対 制限された政府

以前も書いたように(「政府:不必要だが避けられないもの」)リバタリアニズム内の論争のひとつに「国家論」をめぐるものがある。すなわち、一定の役割に制限された政府を正当とみなす「制限された政府(limited government)論」とあくまでも国家の完全な廃絶を要求する「無政府資本主義」の間の論争だ。

リバタリアニズムの学際的な学術誌として著名な「リバタリアニズム研究雑誌(Journal of Libertarian Studies)」は、創設者が無政府資本主義の代表的論者であるマレー・ロスバードだけあって、どちらかと言うと無政府主義的な主張の論考を掲載する傾向が強い。例えば、1977年の創刊号では、ロバート・ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』に関する特集が組まれている。周知のようにノージックリバタリアニズムを代表する論者とみなされており、その役割を「司法・治安・(国防)」に限定した国家(いわゆる「最小国家」)のみが「正当」であるとする議論を展開したことで知られる。言うまでもないが、このような「過激」な主張には、当時支配的だった福祉国家を擁護するリベラルな立場の論者から多くの批判が寄せられた。

しかし、こうした一般的な反応とは逆に、上記のJLSの特集ではノージックの試みが政府を「正当化」としようというものだ、つまりstatismの一種だとして無政府資本主義の立場から批判が行われている。収録されている論考の著者はランディ・バーネット、ロイ・チャイルズ、ジョン・サンダース、そしてロスバードといった面々だ。その内容や評価についてここで詳細は避けるが、JLSは創刊30周年の記念特集号で再び同様のテーマを扱っている。

前回がノージックにたいする無政府資本主義者からの半ば一方的な批判だったのにたいし、今回の特集では両陣営の議論がバランスよく取り上げられている。以前本ブログでも紹介したランダル・ホルコムやティボー・マッカン(「制限された政府」、「最小国家論」の立場)、そしてウォルター・ブロック、ローデリック・ロング(「無政府資本主義」の立場)といった論者が寄稿している。ぼく自身は以前も述べたように現在は「制限された政府」を支持するものだが、この両者の間の論争は自らの議論をクリアにするうえでも非常に興味深い。関心を持たれたかたはぜひご一読をおすすめしたい。