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日々のあれこれ

公共財としての法:アナーキーの経済学

人気経済ブログ『Marginal Revolution』の運営者として、あるいは邦訳された『インセンティブ(原題 Discover your inner economist)』の著者として日本でも知名度が高い経済学者タイラー・コーエン(Tyler Cowen)。一般には文化の経済学的分析で有名だと思う。だが、リバタリアン的にはアナルコ・キャピタリズムに対する強力な批判を展開していることを忘れてはならない。それがタイラー・コーエン 「公共財としての法:アナーキーの経済学(Law as a Public Good: The Economics of Anarchy)」だ。一読して非常に説得力を感じ、かつ影響を受けたことを覚えている。今回は同論文の内容を簡単に紹介させてもらいたい。

まず本論に入る前に簡単な整理をしておこう。リバタリアンが考えるアナーキズムは基本的に次の3つのシナリオに分類できる。

  1. 私的保護エージェンシーが競合する法体系を提供する(D・フリードマン) 
  2. 私的保護エージェンシーは同一の法体系、罰則基準を提供するが、保護手段等別の観点で競争する(ロスバード)
  3. 支配的保護エージェンシーの誕生(ノージック)

上記のなかで最もラディカルなのがD・フリードマンの構想する多様な法体系が併存する無政府資本主義社会だろう。ここでは、人々は自らの望む法体系を採用する民間保護エージェンシーと自由に契約を結ぶことができる。ただ、問題がないわけではない。すなわち、異なる法体系を採用する保護エージェンシーのクライアント間の紛争をどのように解決するかということだ。D・フリードマンをはじめ、多くの論者は、こうしたケースが即保護エージェンシー間の抗争につながることはないだろうと主張する。おそらく事前の取り決め等によって平和的な解決が行われる。したがって無政府資本主義社会は安定的だと考えるわけだ。

しかし、コーエンは無政府資本主義社会は安定的ではないと指摘する。なぜか。保護エージェンシー間の紛争解決の取り決めは、1種の仲裁ネットワーク(arbitration network)を形成するだろうが、こうしたネットワークは強制的な政府に「進化する」可能性が高い、と考えるためだ。つまり、もし保護エージェンシーが紛争解決のために協力することができるなら、同様のメカニズムはそののま共謀するための協力行動を可能にする。コーエンは、多数の企業が存在するときでさえ、結果は事実上の独占となり、それは政府が行っているように税金を取り立てるために武力を用いるだろうと主張している。

以上、コーエンの議論を紹介させてもらった。なお、この論文にたいしては、批判されているD・フリードマンからの応答「私的財としての法:アナーキーの経済学についてタイラー・コーエンへの返答(Law as a Private Good:A Response to Tyler Cowen on the Economics of Anarchy)」及びタイラー・コーエンの再反論「アナーキーの経済学についてデイヴィッド・フリードマンへの返答(Rejoinder to David Friedman on the Economics of Anarchy)」も参照して欲しい。有難いことに、こちらはweb上で読むことができる。今回のエントリがアナルコ・キャピタリズムに関する論争の底上げとなれば幸いだ。

Anarchy and the Law: The Political Economy of Choice (Independent Studies in Political Economy)

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