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日々のあれこれ

公共財としての法:アナーキーの経済学 若干の補足

先日のエントリ「公共財としての法:アナーキー」に追加情報も含めた若干の補足をさせてもらいたい。そこでは明確に書かなかったが、コーエンの議論の前提として(無政府資本主義社会における)保護産業は「ネットワーク産業(Network Industries)」だということがある。ネットワーク産業とは、簡単に言うと、財・サービスの価値がユーザーの数と密接に結びついているような産業だ。代表的な例として、電話やソフトウェアがあげられる。これは、いくらその電話機の性能が高くても、誰とも通話することができなければその電話にはほとんど価値がないことを意味する。

同様に、無政府資本主義社会の私的保護エージェンシーは、(他の保護エージェンシーとの紛争を平和裏に解決する)仲裁ネットワークに加入していなければ、クライアントにとってほとんど価値がない。そして、このことが同時にネットワーク加入企業によるカルテルを可能とするというわけだ。ちなみに、コーエンの論文タイトル内の「公共財」という言葉は、政府がその財を供給しているため、ではなく、かれが、ある法体系は特定の地理的エリアにいる全ての人間に適用されなければならないと考えていることをあらわしている。

さらに付け加えておくと、この問題にかんしては、anacapさんがD・フリードマンの論文「アナーキーと効率的な法(Anarchy and Efficient Law)」の一部を翻訳・解説された素晴らしい文章(「私的財としての法(翻訳)」)を書かれているので、合わせて参考にして欲しい。なお、これは先日のエントリで言及したD・フリードマンによるタイラー・コーエンへの反論「私的財としての法」とは別物であることは留意ください。もちろんコーエンの議論を意識して書かれていることは間違いない。

Anarchy and the Law: The Political Economy of Choice (Independent Studies in Political Economy)

Anarchy and the Law: The Political Economy of Choice (Independent Studies in Political Economy)