Shouting Fire in a Crowded Theater

30代・独身・リーマンの視点

アナーキーと法

「政府は必要なのだろうか?(Is government necessary?)」.編者であるエドワード・ストリンガムによる前書きはこのような1文で始まる.ここからも想像されるように,本書は,リバタリアニズムの観点から「アナーキズム(無政府主義)」を論じた文献を1冊の本に纏めたものだ.ストリンガムが用いる「私有財産アナーキズム(private-property anarchism)」とは,簡単に言うと,市場がパンを供給するように,「法」も市場が供給するべきであるという立場だ.この考えはまた,「無政府主義的リバタリアニズム(anarchist libertarianism)」,「個人主義的アナーキズム(individualist anarchism)」あるいは「無政府資本主義(anarcho-capitalism)」とも呼ばれる.

Anarchy And the Law: The Political Economy of Choice (Independent Studies in Political Economy)

Anarchy And the Law: The Political Economy of Choice (Independent Studies in Political Economy)


本書は4つのセクションからなっている.第1節「私有財産アナーキズムの理論」では,私有財産アナーキズムを支持する主要な理論的業績を概観することができる.マレー・ロスバード『新しい自由ために』,D・フリードマン『自由のためのメカニズム』,タネヒル夫妻『自由ために市場を』等からの抜粋,ランディ・バーネット,ハンス・ホップ,そしてハメルとラヴォア等らの論考が収録されている.ここでは,主に,政府による法執行の必要性を訴える議論が批判され,どのように民間部門が法を提供することができるのかが論じられる.

第2節「論争」では,私有財産アナーキズムの「実行可能性」に関して,肯定的なリバタリアンと否定的な(制限された政府を支持する)リバタリアンの論考がそれぞれ収録されている.最小国家を擁護するノージックとそれを批判するロイ・チャイルズやロスバード.以前紹介したタイラー・コーエン「公共財としての法:アナーキーの経済学」をめぐるコーエンとD・フリードマンの論争.これも以前紹介したランダル・ホルコム「政府:不必要だが避けられないもの」へのピーター・リーソン,エドワード・ストリンガムによる反論等,この分野の論争がひと通りわかるようになっている.

第3節「無政府主義思想の歴史」では,こうした考えがまだ「個人主義的アナーキズム」と呼ばれていた初期の時代の論考と,個人主義的アナーキズムに関する現代の論考が収められている.デイヴィッド・ハートは,私有財産アナーキズムがどのように「進化」してきたかを検証する.また,エドモンド・バーク,ギュスターブ・ド・モリナリ,ライサンダー・スプーナー,ベンジャミン・タッカーといった著者の古典的論文.あるいは個人主義的アナーキズムついてのロスバードの論考等,様々な文章を読むことができる.

第4節「政府によらない法執行の事例研究」では,公的な法執行抜きで機能した社会の実例があげられている.中世のイングランドで私人間の争いが政府によらずいかに解決されていたのかについてのブルース・ベンソンの研究.すっかり有名になったD・フリードマンの中世アイスランドの300年以上にわたる競争的な法執行システムに関する考察.そして,リバタリアンではないが,ミルグロム,ノース,ワインガストによる,商人間の争いが私的な裁判所を通じ,自律的に解決されていたことのゲーム理論的な分析等.私有財産アナーキズムが決して思弁的,非現実的な考えではないことが明らかにされている.

編者のエドワード・ストリンガムは現在トリニティ・カレッジの経済学準教授.1975年生まれとまだ若いが,気鋭の若手リバタリアン経済学者として注目を集めている人物だ.本書の出版は2006年だが,邦訳はまだなく,紹介自体ほとんどされていない.ぼくが記憶しているのでも山田八千子『自由の契約法理論』の注で若干言及されていた程度だ.大部な著であり,ほく自身到底すべてに目を通せたわけではないが,ストリンガムによる前書きを読むだけでも,大いに参考になるだろう.リバタリアニズムアナーキズムに関心がある人はぜひとも手元に置いておきたい1冊だ.おすすめ!