Shouting Fire in a Crowded Theater

30代・独身・リーマンの視点

海賊の経済学

夏期休暇中にピーター・T・リーソン『海賊の経済学』を読んだ。翻訳は山形浩生。著者のリーソンは現在ジョージ・メイソン大学経済学部教授。1979年生まれとあるから、まだ30代前半の若さだ。本書は、タイトルの通り、17世紀から18世紀にかけて大西洋やインド洋で隆盛を誇ったあの悪名高き「海賊」たちの生態を、経済学の観点から分析したものだ。著者は子どものころから海賊と経済学に魅せられてきたという。それが大人になってこうしたユニークな研究に結びついたというわけだ。

海賊の経済学 ―見えざるフックの秘密

海賊の経済学 ―見えざるフックの秘密

リーソンは、海賊社会の一見奇妙と思えるような制度、慣習が、じつは「合理的」なものであったことを明らかにする。例えば、当時の海賊船というのは、極めて民主的かつ文献的な体制をしいていた。これは別に海賊たちが民主主義の崇高な理念を奉じていたわけではなく、船長の重要性を認めると同時にその権力の濫用を抑制する必要性から出たものだった。著者は加えて、海賊たちが他の一般的な商船に見られた「プリンシパル・エージェント問題」に直面していなかった点を指摘する。商船は、所有者(不在船主)と運用者(船員)が異なり、かつお互いの利害の相違から、監視役として強権的な船長が必要だった。いっぽう海賊船はそもそも盗んだものであるため、所有者と運用者が一致しており(ともに海賊だ)、そうした船長の強権が必要なかったというわけだ。

その他にも、骸骨と骨が特徴的な海賊旗、海賊たちの残忍さの理由といった事象が、「シグナリング」、「分離均衡」、「評判」といった経済学の道具立てを用いて説明される。自分自身、海賊に関する予備知識はほとんどなかったが、リーソンの解説にはかねがね納得することができた。また、第3章「アナーキー 海賊の掟の経済学」で、かれが政府(ガバメント)と統治(ガバナンス)を区別し、社会秩序の維持のために必ずしも前者(政府)が必要ないだろうこと示唆している点は興味深い。これは、後述するかれの政治的立場を考慮すれば、当然のことではある。本題から外れることもあって、それほど深い記述がなされていなかったのは残念だったが。

さて、内容的には非常におもしろい本だが、例によって訳者の山形浩生のあとがきには若干の不満が残った。まず、リーソンの「政治的立場」がほとんど言及されていないこと。たしかにオーストリア学派で市場を重視している点は紹介されている。しかし、かれがリバタリアンでありかつ「アナーキスト」であることがまったく触れられていないのはどうしたことだろう。これがわかっていなければ、おそらく本書の底を流れるメッセージも理解できないだろう。リーソンのリバタリアンアナーキストとしての側面に関心があるかたは、例えば次の記事を参照されたい(「ANARCHY UNBOUND, OR: WHY SELF-GOVERNANCE WORKS BETTER THAN YOU THINK」。

さらに、山形はリーソンの「過激な」スタンスにおそれをなしたのか、著者の主張は全面的に正しいわけではないし、政府の規制をが必要な場合もありますよ、と言い訳がましく書いている。だが、その根拠がはっきり示されていないため、果たして政府の規制がどのように有効かなのかよくわからないというのが正直なところだ。もちろん、この見解にはぼくのリバタリアンとしての立場を反映したものなので、別の意見もあるかもしれない。訳文については、原著と照らし合わせているわけではないので、ここでは触れない。

いろいろ書いたが、読んでおいて損はない。休暇中の読書にはぴったりの1冊だろう。おすすめだ。