Shouting Fire in a Crowded Theater

30代・独身・リーマンの視点

マルコムXを称賛する

スパイク・リー監督作品の『マルコムX』は、ぼくの好きな映画の1つだ。マルコムXは、1960年代ブラック・ムスリムの組織であるネイション・オブ・イスラムのスポークスンとして活躍した(その後脱退)黒人解放運動の指導者の1人。かれが有名なのは何よりもその過激な主張による。当時のアメリカの黒人解放運動では、公民権運動で有名なキング牧師のように、白人と黒人がお互い融和していこうと動きが主流となっていた。しかし、マルコムXはこうした主流派の姿勢を偽善だとして退けた。白人は黒人を長きにわたって虐待してきた「悪魔」であり、かれらとの和解はありえない。黒人は黒人だけで理想の国をつくるべき、つまり人種分離こそが人種差別廃絶の道であるというのがかれの議論だった。ただし、ネイション・オブ・イスラムを脱退し、メッカを巡礼した以降はその主張に変化が見られたようだ。

このような「過激な」黒人解放運動は後に「ブラック・パワー」と呼ばれるようになる。ぼくがマルコムXおよびブラック・パワー興味を抱いたのは、当時のアメリカでこのブラック・パワーをめぐる評価がリバタリアニズムと保守主義の間の大きな相違点となっていたからだ(『ラディカル・リバタリアニズム』)。保守主義者が人種分離主義を恐れ、ブラック・パワーを批判したのにたいし,リバタリアンはブラック・パワーに賛同を示した。 人種分離と聞くと、白人のきわめて差別的な考えではないのかと思われるかもしれない。だが、それは誤っている。むしろ人種分離を強く要求したのは黒人たちのほうだったからだ。

キング牧師たちが唱えた人種融和的な主張は、結局白人たちの社会や文化に黒人がしたがうことに他ならなかった。公民権運動で争点のひとつとなった人種統合のための強制バス通学にしても同じことだ。黒人が必要としていたのは、子供たちに自分たちの手で自分たちの文化を伝えることだった。すなわち、ブラック・パワーとは、白人に奪われた誇りと尊厳を黒人たちが取り戻す動きだったと言えるだろう。 もちろん自発的な人種分離を南アフリカでおこなわれていたような「アパルトヘイト」と区別する必要はある。マルコムXは最後暗殺されてしまうが、かれの思想はストークリー・カーマイケルら次世代の活動家に受け継がれ、ブラック・パワーはアメリカ社会で大きな注目を集めることとなった。70年代後半になると過激な黒人解放運動は下火になっていくが、こうした主張や運動があったことは知っておくべきだろう。