Shouting Fire in a Crowded Theater

日々のあれこれ

オープン・ボーダーズ

オープン・ボーダーズ:ザ・ケース」という素晴らしいサイトがあるので、紹介しておきたい。その名前の通り、Open Borders、つまり(国境等を越えた)人々の自由な移住が許されるべきであるという考えをサポートする目的で最近作られたようだ。ジョージ・メイソン大学教授のリバタリアン経済学者ブライアン・カプランがツイッターで紹介していたのが、サイトを知ったきっかけ。オープン・ボーダーを支持する議論を、それぞれリバタリアニズム、功利主義、平等主義等の観点から整理するなど非常によくできている。オープン・ボーダーにたいする批判とそれへの反論も取り上げられているので、自分自身勉強になることが多かった。扱われている事案はアメリカのものが大半だが、制作者のヴィプル・ナイクが述べているように、ほとんどの議論は普遍的、日本にも適用可能だろう。

さて、アメリカでは大きな社会的争点の一つであるオープン・ボーダーの問題だが、日本ではほとんど具体的な政策課題として認識されていない。たまに思いついたように経団連等の団体が、主として経済的な論拠による移民の受け入れを提言し、各所から批判が出ていつのまに立ち消えになるというのが、お決まりのパターンだ。しかし、ぼくはこの問題はもう少し真剣に考えるべきだと思う。

ぼく自身オープン・ボーダーの支持者だが、経済的というよりも、むしろ人道的な理由が大きい。世界では、いまだ多くの国で貧困、暴力等により日常的な生命の危険にさらされている人々がいる。そして多くの場合、それは専制的・圧制的な政府に由来しているのが現状だ。こうした悲惨な境遇を脱し、新天地で新しい人生を始めたいと願う人々を、何のかんのと理由をつけて追い返すことを一体どのように正当化できるのだろうか。南アフリカで行われていたアパルトヘイトと何が違うのか、きちんと説明してみて欲しい。あらかじめことわっておくと、ぼくはゲーテッド・コミュニティの支持者でもあるが、それを国家の移民政策・国境管理と同一視するのは誤りだと思っている。

実際、リバタリアンの中でもこの問題に対する姿勢は分かれている。もともと、伝統的にリバタリアンは(カプランのように)、オープン・ボーダーの賛同者が大半だったが、近年では明確に反対する「リバタリアン」も目につくようになってきた。例えば、無政府資本主義の論客として名高いハンス・ホップだ(「自由貿易と移民制限に賛成する」)。ホップについてはこのブログでも何度か言及しており、見るべき点は多々あると考えている。しかし、オープン・ボーダーの問題を含めやはりその「保守的な」姿勢には疑問符を付けざるを得ないというのが、ぼくの率直な評価だ。

興味を持たれた方はぜひサイトを読んでみてください。

選挙の経済学

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